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Kyoto, Michelin

2026.07.05

ワックジャパン 市川でございます。

ミシュランガイドと京都の星をめぐるお話

飲食店の話で、しばしば話題にのぼるミシュランガイドである。

先日、ある集まりがあり、ミシュラン店をいくつか運営する方から聞いたエピソードが面白い。ミシュランの審査員は匿名性が高く、秘密のベールに包まれているが、そのお店が星を獲得することが審査に来て決定した時に限り、お支払い後にその素性を明かす時があるとの事。これは意外でしたが、その時の感想を敬意を持ってお伝えする事、さらに深い質問を聞くためとの事でした。そこで面白いのが、ホテルや飲食業界ではとにかく話が回るのが早く、うちにミシュランが来た、うちにも来たと、話に尾ひれが付いて噂として広がり、星いくつだの話になって行くのだとか。

けれど、京都においてミシュランは、単なる「星の数」を競う話では終わりません。むしろそこには、料理人のプロフェッショナルとしての矜持、もてなしの思想、そして街そのものが持つ美意識との、少し複雑で興味深い関係があるのです。

ミシュランガイドの審査員、いわゆる調査員については、匿名性が保たれているため、店にとっては「いつ来るかわからない客」であり、しかもその一度の食事が評価につながる可能性があることから、料理人のあいだでは昔からさまざまな“らしき話”が語られてきました。たとえば、予約の取り方、料理の説明を必要以上に求めなかったり、ワインや献立を非常に注意深く見ていた…など、そんな小さな違和感から、「あれは審査員だったのでは」と囁かれる。真偽はわからなくても、そうした緊張感そのものが、店の空気を引き締めてきたのも事実です。

京都の料亭では、この匿名の視線がとりわけ独特に受け止められてきました。というのも、京都の名だたる料亭は、もともと「一見さんお断り」の会員制や紹介制、あるいは常連文化の延長線上にある店も少なくないからです。

ミシュランという世界標準の“評価システム”が、土地に根ざした“信用の文化”と出会ったのである。

京都では昔から、「誰に認められるか」以上に、「誰に支えられて続いてきたか」が店の格を形づくってきたのです。だから星を得たとしても、それを大々的に誇る店ばかりではなく、むしろ控えめに受け止め、「日々きちんとやるだけです」と語る料理人のほうが多くいて、それがまた、京都らしく映ります。

一方で、ミシュランが京都の食の世界にもたらしたものは小さくない気がします。海外からの旅行者にとって、京都の料亭文化は敷居が高く、何を基準に選べばよいか分かりにくかった。そこに「星という共通言語」が生まれたことで、京都の食が一気に“世界に開かれた”側面があると私は思っています。実際、かつては地元客や紹介客が中心だった店でも、ミシュラン掲載以後、海外からの予約が急増したという話はよく聞かれます。星は、京都の奥深い料理文化を外の世界へ翻訳する、一種の入口にもなりました。この事は、ワックジャパンでも同じで「舞妓ディナー」や「巻き寿司」「おばんざい」「ラーメン」体験は、超が付くほどの人気ぶりです。

ただし、当時を振り返ると、その変化ぶりは歓迎一色ではありませんでした。京都の料理は、味だけで完結しない。季節の移ろい、器、設え、間合い、座敷の空気、亭主や女将の気配り――そうした総体として成り立っている。けれどガイドブック的な評価は、ときにそれを「点数化された名店」へと単純化してしまう。

お客や料理人の中には、星を獲得して予約が詰まりすぎ、かえって本来の客との距離感が変わってしまった、とこぼす人もいます。実は私もそう実感する一人で、評価されることで守れるものもあれば、失われるものもある。当然ではあるが、そのあたりの機微は、いかにも京都的である。

また、当時、嵐山のミシュラン名店の店主は、「ミシュランの審査員は外国人で日本料理の何がわかるのか。」と怒ったという話を、元京都 たち吉社長である、富田敏夫さんから聞いた。

ちなみに、富田氏は私の人生の師匠であり、今ではお茶飲み友達。20以上歳の離れた兄貴分で、ちょっとやんちゃなおじいちゃんだ。50代後半から60・70代の方の、一家に一脚はあったであろう、コーヒカップなどの洋食器ブランド「Adam&Eve」の創業者で、クリエイターです。

レストランの世界では、また別のドラマがありました。京都は料亭の街という印象が強いが、フレンチやイタリアンの名店も多く、和の美意識を取り込みながら独自の発展を遂げてきました。ミシュランは、そうした京都の洋食文化にも光を当てます。町家を改装したレストラン、庭を眺めながら食べるフレンチ、京野菜を自在に扱うイタリアン。これらは単に“京都にある洋食”ではなく、“京都だから生まれた洋食”として評価され、伝統の都というイメージの裏で、京都は実は新しい料理表現にも寛容な街であることの証明にもなったのです。

自分が知っているお店や、通っている、あるいは通っていたお店が星をとると、先に書いたように混みすぎていけなくなる一方で、とても嬉しく自慢ともなります。また、星付きだから行く、というより、「あの店が星を取ったのか」と後から知る、優越感とも違う不思議な感覚があります。つまり、先に店との関係があり、評価は後から付いてくる。ここには、ガイドブックに頼る都市型の外食文化とは少し違う、土地の時間が流れている気がするのです。ミシュランの星は確かに権威ある指標だが、京都ではそれが絶対のものとして君臨するわけではない。街の中には、それとは別の評価軸-長年の信用、季節ごとの仕事ぶり、常連との関係、紹介される店としての格-が今も息づいています。

そう考えると、京都におけるミシュランの面白さは、星そのものではなく、星と土地の文化がどう折り合ってきたかにあるのではないでしょうか。匿名の審査員が見ているのは料理かもしれないが、京都で本当に問われているのは、その店が積み重ねてきた時間の厚みなのだろう。星の評価は別にして、あろうがなかろうが京都の名店を名店たらしめるものは、もっと静かで、もっと見えにくい。

だからこそ人は京都へ行き、ただ美味しいだけではない食の記憶を持ち帰るのです。

今夜も京都のどこかで、正体を隠した審査員と、その気配を察しながらも「いつも通り」を貫く料理人との、静かな真剣勝負が繰り広げられているのかもしれません。

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ミシュラン豆知識

ミシュランはフランスのタイヤメーカー。
1900年初頭、タイヤの販売促進として、ドライブをより安全で楽しいものにしてもらうことを目的に、ドライバー向けのガイドブックを作成し、無料で配布したのが始まりです。
市街地図、自動車修理工場リストやタイヤの使い方情報とともに、休憩のためのガソリンスタンドやホテル、レストランの情報が掲載され、1926年から評判がよく、美味しい料理を提供してくれるレストランやホテルに星をつける制度が始まり、現在に至ります。

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